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和歌山地方裁判所御坊支部 昭和32年(ワ)2号 判決

原告 小竹保吉 外一名

被告 木下武二 外一名

主文

被告木下は原告保吉に対し金二十万七千八百六十六円、同愛子に対し金十万円と右各金員に対する昭和三十二年一月十九日以降完済迄年五分の割合による金員とを支払え、

被告井原は原告保吉に対し金四十五万円、同愛子に対し金十五万円と、右各金員に対する昭和三十二年一月十九日以降完済迄年五分の割合による金員とを支払え。

被告木下に対する原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告木下との間に生じた部分は同被告の、原告等と被告井原との間に生じた部分は同被告の各負担とする。

本判決は原告保吉において金七万円同愛子において金三万円の担保を供するときは第一項につき、原告保吉において金十五万円、同愛子において金五万円の担保を供するときは第二項につきそれぞれ仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

被告木下に対する請求について

被告井原が原告主張の日時に、その主張の場所で本件車を運転中、原告等の二男小竹光次(当時六才)と衝突したことは当事者間に争がない。争があるのは、右衝突事故につき被告井原に過失があつたかどうか、小竹光次は右事故により如何なる傷害を被りその結果どうなつたか、原告等はそのため如何なる損害を受けたか、被告木下は被告井原の使用者として責任を負うべきかどうかの諸点と、被告木下の抗弁事実、即ち同被告が被告井原の選任監督につき相当の注意を払つたという事実及び右事故につき原告等にも過失があつたという事実が認められるかどうかの点である。以下順を追つて検討する。

1、被告井原の過失について、

成立に争のない甲第四、六、八各号証、証人竹田芳雄の証言、被告井原本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると、本件事故の現場は和歌山県御坊市塩屋町南塩屋八十五番地前の南北に走る幅員五米三十糎の国道上で、該国道は南に向つて百分の七の上り勾配をなし且つ付近に人家の密集していること、被告井原は昭和二十九年十二月七日午後一時三十分頃本件車に割石約五十個を積載し、之を運転して右国道上を北進中、前方から宣伝車一台が拡声器で大きな声を出しながら進行して来たので之とすれ違つたところ、突然二人の子供が前方の左手横道から宣伝車の後を追つて国道上に飛び出した。そして一人は本件車の前を横切り、一人は後に引返したので、その引返した一人を避けてハンドルを右に切つた瞬間本件車の右側にいた他の一人(それが小竹光次であつた)と衝突し、同人を転倒させてそのまま進行したため、本件車の後車輪で右光次を轢いたこと、及び衝突時の本件車の速度が時速十五粁であつたことを認め得る。

右の事実によると被告井原は人家の密集した道路上で宣伝車とすれ違うときには、付近の子供達が右宣伝車の音声をききつけ、その後を追うため路上に飛び出すことがよくあるという事実に留意し、右の子供等との衝突を未然に防ぐため、危険なときには容易に停車出来るよう減速徐行すべき運転手としての注意義務があるのに、このような措置に出でず、時速十五粁の速力で漫然運転を続けたため本件事故を起したことがうかがわれるから、右事故は被告井原の過失によつて惹起されたものと謂う外ない。

2、原告等の被つた損害について

(イ)  小竹光次の負傷後の経過

証人力津昌幸の証言、同証言により成立を認める甲第二号証、成立に争のない甲第七号証及び原告保吉本人尋問の結果を総合すると光次は本件事故により骨盤を骨折したが昭和三十年二月十日頃右負傷が原因となつて尿道狭窄症を生じ、尿路感染症を併発し、昭和三十一年八月二十四日大腸菌による敗血様症状により死亡したこと、その間事故発生直後から昭和三十年一月二十四日迄日高病院に、同年二月十六日から同年五月三十日迄医大病院に、同年七月一日から同年同月十五日迄日高病院に、同年九月三十日から同年十二月三十日迄医大病院に各入院し、自宅にあるときも日高病院に通院治療を続けたこと、又昭和三十一年四月に小学校に入学し、その年の夏頃まで通学したが休み勝ちであり、自然排尿困難のため尿道に管と袋とをつけて通学しなければならなかつたことを認めうる。

(ロ)  光次の治療等のため原告保吉の支出した費用

原告保吉本人尋問の結果により成立を認める甲第一号証の一乃至百八十八によると、右費用の内訳及びその額は左の通りであることを認めうる。

a、昭和二十九年十月一日から同三十年一月二十四日迄の間日高病院に支払つた入院料、診察料、注射料、処置料、手術料、レントゲン料、物療料、薬代、検査料、賄料等 金一万四千六百二十四円

b、昭和三十年二月十六日から同年五月三十日迄の間医大病院に支払つた右同様の料金 金一万六千七百六円

c、昭和三十年七月三日から同年七月十六日迄の間日高病院に支払つた右同様の料金 金二千二百四十七円

d、昭和三十年十月一日から同三十一年一月十三日迄の間医大病院に支払つた右同様の料金 金二万百四十七円

e、昭和三十年七月三日から同三十一年八月二十三日迄の間日高病院に支払つた往診、入院、退院移送等のための車代 金千二百六十円

f、昭和三十年一月二十四日から同三十年八月二十四日迄の間、自宅療養中日高病院に支払つた薬代、注射料、検査料、処置料、手術料等 金一万六千百九十二円

g、昭和二十九年十二月十五日及び同三十年七月四日に薬舖に支払つた薬の購入代金 金千四百十円

h、昭和三十年一月二十六日から同三十年二月十五日迄の間マツサージ療法を受け、その治療代金としてマツサージ療院に支払つた分 金三千二百八十円

i、葬式費用 金三万二千円

合計 金十万七千八百六十六円

原告保吉は入院及び自宅治療費に金十二万円付添費に金十五万円を支出したと主張し、右主張に添う同原告本人の供述があるけれども右供述は治療費中右認定の額を越える部分を信用せず、付添費については右供述だけによつて右主張を認めることはできない。よつて本件事故により原告保吉の被つた財産上の損害額は金十万七千八百六十六円である。

(ハ)  原告等の被つた精神的損害

原告保吉及び被告木下各本人尋問の結果及び御坊税務署、御坊市役所に対する各調査嘱託の結果を総合して認めうる、小竹光次が事故発生時に満六才、死亡時に満八才であつたこと、原告等には子供が二人ありいずれも男で光次は二男であつたこと、原告保吉は農業、被告木下は魚屋を営み共に収入が少いこと被告木下は住宅及び店舖各一戸を所有しているが、いずれも抵当権が設定されており他に財産はないこと、等の事情と、光次が負傷后死亡までの間苦んだ前記認定の事情とを併せ考えると、原告等に対する慰藉料の額は各金十五万円を相当と認める。

以上に述べた財産上及び精神上の損害額を合算すると、原告保吉の分は金二十五万七千八百六十六円原告愛子の分は金十五万円となる。

3、被告木下の使用者責任について

両被告本人尋問の結果を総合すると、被告井原は昭和二十九年九月頃被告木下に雇われその指図を受けて自動三輪車を運転し土砂や建築用材の運搬に従事していたが、本件事故も亦被告木下の指揮監督下に右の仕事に従つているときに起つたものであることを認めうる。そうすると被告木下が使用者として右事故による損害を賠償する責に任ずべきこと論をまたない。被告の当事者適格に関する抗弁は訴外中紀運送株式会社が名義貸与者として本件事故につき使用者の責に任ずべきで、それならば被告木下には責任がないということを前提としているけれども、かりに右訴外会社が責任を負うことがあつても、それによつて被告木下の責任がなくなるわけではない。蓋し前認定にかかる同被告が現実に被告井原を選任し之を指揮監督して事業を執行したことは被告木下がそれにより自らの社会活動の範囲を拡大し、利益を得たことを意味するのであつて、この事は右訴外会社が責任を負うと否とによつて何らの影響を受けないからである。よつて被告木下の右抗弁は採用出来ない。又同被告の必要的共同訴訟の抗弁も採用できない。何となれば本件車が被告木下と訴外曹貴銀との共有に属していたかどうか、右両名が共同で運送業を営んでいたかどうかということは、前記被告木下の使用者としての責任に何らの消長を来すものではなく、且つ不法行為を原因とする、複数の使用者に対する訴は合一に確定する必要がないからである。

4、被告井原の選任監督に対する注意について

被告井原本人尋問の結果によれば、被告木下は井原に向い自動三輪車の運転に当り「無茶なことをせず事故のないよう運転してくれ」との注意を与えていたことを認めうるか、この事実だけでは井原に対する監督が充分であつたとは認め難く、他に事業の監督につき相当の注意をしたことの立証はない。よつて選任監督に相当の注意を払つたという被告木下の抗弁は採用できない。

5、原告等の過失について、

本件事故発生の経緯に関する前記認定の事実によれば、小竹光次が宣伝車の後を追つて突然国道上に飛び出したことが、被告井原の過失と相まつて右事故発生の原因となつていること明白である。さればこの事実から、右光次の父母たる原告等に光次に対する監督につき不注意な点があつたことを容易に推認し得る。而して原告保吉本人尋問の結果によれば原告等は光次に対し平素国道上で遊ばないよう注意していたことがうかがわれるけれども、この事実だけでは右推認を覆するに足りないから本件事故については原告等にも過失があつたものと認めるのが相当である。

以上認定の事実によれば被告木下が同井原の使用者として同被告が過失により原告等に与えた財産上及び精神上の損害を賠償する責に任ずべきこと明かであるが、その額については右5、において認定した原告等の過失を斟酌して、前記2、において認定した額から原告等各自の分につき金五万円宛を減額すべきである。そうすると、被告木下の賠償すべき損害額は原告保吉の分が金二十万七千八百六十六円同愛子の分が金十万円となるから、原告等の同被告に対する本訴請求は原告保吉に対し金二十万七千八百六十六円、同愛子に対し金十万円と右各金員に対する訴状送達の翌日たること記録上明かな昭和三十二年一月十九日以降完済迄法定利率年五分の割合による遅延損害金との支払を求める範囲内において至当であるから之を認容し、その余は失当であるから之を棄却する。

二、被告井原に対する請求について、

同被告は原告等主張事実を全部認める。そこで右原告等主張事実によると、被告井原に対する原告等の本訴請求は理由があるから之を認容する。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 入江教夫)

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